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栗の渋皮煮と栗のパイ

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いつも栗拾いをしていた農家の栗の樹が老朽化のため、枝を切ってしまったのです。毎年バケツ1杯もの栗を渋皮煮にしていたのですが、渋皮煮も今年はお菓子作りのために少しだけ作りました。貴重な栗の渋皮煮です。


シェエラザード 浅田次郎著

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 太平洋戦争中の194541日、シンガポールから日本へ向けて航行中の貨客船阿波丸は、台湾沖でアメリカ海軍の潜水艦の電撃により撃沈された。救助された1名を除き2000人以上の乗船者が死亡。阿波丸は捕虜に救援物資を運ぶ緑十字船として、日米間の協定で安全航行を保証されていたはずでした。その後誤爆と言うことで日米間では決着がついたが、多くの謎を残した事件だった。

この事件をもとにした、半世紀にわたる壮大な物語です。その謎が、弥勒丸沈没の過去を背負って戦後を生きてきた人々の話で明らかになって行く。

昭和20年、嵐の台湾沖の東シナ海で、2300人の命を積んだまま沈んだ弥勒丸。建造されたばかりの日本が世界に誇る豪華客船であったが、予定されていたサンフランシスコ便としてではなく、太平洋戦争末期、赤十字の徴用船として運用されていた捕虜のための物資輸送に借り出された弥勒丸は「安導券」という、戦時中の海をなんの攻撃もされずに航行できる、さらに積荷のチェックもされないという特権を持っていました。これを悪用しようとたくらんだ軍は金塊を積み、航路を外れた上海に運ぼうとたくらむ...。何よりも不幸なのは一般人2300人を盾として乗船させたということ。

時を経て現代、宋英明と名乗る謎の台湾人から沈没した弥勒丸の引き揚げ話を持ち込まれた者たちが、次々と不審な死を遂げていく。宗英明から弥勒丸を引き揚げるための費用100億円を貸すよう迫られた消費者金融会社社長の軽部は専務の日比野善政とともに、かつて恋人であった新聞記者・久光律子と共に弥勒丸沈没にまつわる謎を追求することになった...

物語は、昭和20年当時と現代が交互に描かれています。

弥勒丸の乗組員全員が船を敬愛していて、船乗りとしての誇りを持っている姿に胸を打たれます。そして船が沈む時の哀しさが伝わってきます。物語の結末の謎は残りますが...弥勒丸に流れるシェエラザードの調べが聴こえてくるようです。


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by mamakoba | 2018-10-25 15:53 | Comments(0)  

島根県の旅 10月11日から14日

木綿街道 

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宍道湖と日本海に挟まれたこの町はかって木綿の栽培が盛んなことで有名でした。古い町並みには格子窓の連なる町屋などが今も老舗の酒屋、醤油や、和菓子屋など伝統の味を守っています。落ち着いた風情の街道です


出雲大社 

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旧大社駅 

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1912年に国鉄大社線の開通により開業。1990331日に廃止される。純日本風の木造平屋建ての駅舎は2004年に国の重要文化財に指定.


温泉津(重要伝統的建造物群保存地区)

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温泉津温泉(ゆのつおんせん)は、島根県大田市温泉津町(旧国石見国)にある温泉。港町でもある当地は「石見銀山遺跡とその文化的景観」の一部として世界遺産に登録されています。


石見銀山とその文化的景観20077月に世界遺産に登録される)

龍源寺間歩(石見銀山遺跡)

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大森の街並み地区(重要伝統的建造物群保存地区)

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大森の町並み地区は、江戸時代の武家屋敷や代官所跡、石見銀山で栄えた豪商 熊谷家住宅など、歴史的な建造物や文化財が当時の面影を今も残しています。


興雲閣 松江市の松江城内に1903年(明治36年)建設された擬洋風建築の迎賓館。

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松江城 (別名千鳥城 2015年に天守閣が国宝に指定)

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夜は松江城周辺を行灯でライトアップする「松江水燈路」を観ながら小舟でめぐる「堀川めぐり」を楽しみました。

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足立美術館

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米国の日本庭園専門誌による庭園ランキングで、2003年から15年連続日本一の美しい庭園。美術館では大観生誕150年記念で横山大観と日本画の巨匠たちの名画の展示と陶芸館では河井寛次郎と北大路魯山人の作品を観ることができました。

RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」の舞台となった宍道湖を走る一畑電車に乗ったり、鳥取県境港の水木しげるロードや記念館にも行って妖怪に会ったりした盛りだくさんの旅でした!


帰りの飛行機から見えた富士山

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by mamakoba | 2018-10-18 14:41 | Comments(0)  

チーズケーキ

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チーズケーキの上にはスモモのジャムを塗りました。クリームチーズや生クリームがふんだんに入っているので濃厚です。カロリーも高そうですが、やっぱり美味しい!大好きなケーキです。


おもかげ 浅田次郎著


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養護施設で育った正一は、「なかった過去にしなければ生きていけなかった」という過去を持っていた。定年退職した日の送別会の帰り道、地下鉄の中で倒れた正一は集中治療室のベッドで魂がさ迷って行く。自由自在に病室を抜け出して、上品なマダムとディナーのテーブルを囲んだり、謎めいた女性と海を眺めたり、隣の病人、かっちゃんと連れ立って銭湯に行き、帰りには屋台で一杯やるという体験もした。かっちゃんは戦災孤児だった。一度も乗り降りしたことのない中野坂上から思わず方南町行の支線に乗った時は戦災孤児たちのカリスマだった未少女。峰子との出会いがあった。それらは、母の「おもかげ」だったのか...銀座線の田原町、自分を見下ろす幼い母、母は身を翻して地下鉄から降りた。ラストでは胸がジンワリとなります。

地下鉄や駅が出てくる話。浅田さんの「地下鉄に乗って」も良かったですね。その昔、東京の地下鉄は銀座線と丸ノ内線しかなくて、新宿止まりの丸ノ内線が荻窪まで延長されたのは東京オリンピックの少し前。荻窪、中野坂上、浅草や田原町などの駅名が出てくると、本当に懐かしく昭和の時代を想い出します。昭和はもう30年も昔になってしまいましたが、来年になったらふた昔も前となるのでしょうか
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by mamakoba | 2018-10-04 16:08 | Comments(0)